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ヴァンデ・グローブ単独無寄港世界一周ヨットレース     写真と文:山本俊一

Vendee Globe - sole solo non stop round the world yacht race
photos & text Yamamoto Shunichi




朝靄の中、領収書をもらって賃走車(タクシー)を降りると、仏蘭西西岸レ・
サーブル・ドロンヌのオロナ港は既にスタート前の遽しさにつつまれていた。
とにかく報道局(プレスセンター)を捜す。 天幕(テント)村の門にはもう
警備員が頑張っているので中に入れない。

路端に駐めた自動車の後扉からジャックが撮影機材を取り出していた。
奴はまたヘリコだという。 自由業(フリーランス)だが写真通信社(フォト
エージェンシー)と契約しているので売り込みに苦労はない。 最近はアンリ
と二人であちこちの雑誌で大活躍。 以前会った時、奴が見開き(ダブル
ページ)を狙ってるのかと言うから、いやいや表紙(フロントカバー)さと
言ったら大笑いしていたっけ。 背が高くなく、声と髪型から一見そう見える
ので昔はてっきりおばさんだと思っていた。 でも奴はいい奴だ。

今さら報道(プレス)登録する者などいるわけもないので、さんざん右往左往
したあげくやっと担当者を捉まえ、一緒になって裏の柵の破れ目を拡げて
天幕村に入り、事務所で取材証(プレスパス)と乗艇案内を作ってもらう。
昨日最終の電送文(ファクシミリ)を入れてあり、自分の写真はいつも持って
いるのですぐに出来上がる。 礼を言い、参加艇が舫われた浮桟橋(ポントン)
に下りると、取材合戦の真っ只中だった。

究極の帆走艇競争(ヨットレース)と言われる、四年毎のヴァンデ・グローブ
単独無寄港世界一周ヨットレースは、'96年11月3日スタートの今回で三回目。
主催者は、元職業潜水夫で、数ヶ所寄港のBOC単独世界一周ヨットレース
(後にアラウンド・アローン、現在 5 Oceans)の第一回('82-'83年)と第二回
('86-'87年)に二回優勝している仏人艇長フィリップ・ジャント(44)で、航程は
仏蘭西西岸ヴァンデ県レ・サーブル・ドロンヌから大西洋を南下、喜望峰、
ルーイン、ホーンと三大岬を通過しながら南極大陸を一周して、また大西洋
を北上するおよそ26000海里(マイル、約48000粁、1海里=1.852粁)。


PC Paris, Vendee Globe '96-97
photo Yamamoto Shunichi

Philippe Jeantot ( left ) in PC ( Poste de 
Commande Course ) Paris, Vendee Globe 
solo non stop round the world sailing race 
'96-97

ヴァンデ・グローブ単独無寄港世界一周ヨットレース 
'96-97巴里レース本部にて フィリップ・ジャント(左)
 
Philippe Jeantot
photo Yamamoto Shunichi

Philippe Jeantot, double winner '82-83 & 
'86-87 BOC singlehanded round the world
sailing race ( Around Alone later, 5  Oceans
now ), and Fa Nandor ( left )

BOC単独世界一周ヨットレース二回優勝の 
フィリップ・ジャントとファ・ナンドル(左)
 

参加資格は21歳以上で、2000海里(3700粁)以上の単独外洋帆走経験の
有る者、艇は50-60呎(フィート、15.24-18.28米、1呎=0.3048米)の単胴艇
(モノハル)となっていて、途中如何なる外部からの物理的援助も不可。
自力錨泊は可だが、他船に接舷、もしくは接岸すれば即失格となる。

'89-'90年の第一回はグローブ・チャレンジという名で開催され、13艇参加、
完走7艇。 優勝はルク・ブヴェ/オリヴィエ・プティ設計60呎〈エキュレイユ・
ダキテーヌ II〉に乗る、画家で詩人でもある仏人ティトアン・ラマズ(当時35)で、
109日8時間48分50秒の世界記録は今回破られるまで生きていた。


Titouan Lamazou/Ecureuil d'Aquitaine II
photo Yamamoto Shunichi

Titouan Lamazou/60ft Ecureuil d'Aquitaine II
record winner 109 days singlehanded non
stop round the world race Globe Challenge
'89-90 ( Vendee Globe now ) founded by
Philippe Jeantot
architects Luc Bouvet/Olivier Petit

ティトアン・ラマズ/〈 エキュレイユ・ダキテーヌ II 〉 
フィリップ・ジャント創設のグローブ・チャレンジ 
単独無寄港世界一周ヨットレース'89-90優勝
 
ルク・ブヴェ/オリヴィエ・プティ設計
 
Titouan Lamazou
photo Yamamoto Shunichi

Titouan Lamazou

ティトアン・ラマズ
 

'92-'93年の第二回も13艇参加、完走7艇で、110日で優勝したのはグループ・
フィノ設計60呎二本帆柱艇(ケッチ)〈バガジュ・スペリオル〉に乗るやはり仏
のアラン・ゴーティエ(当時30)だった。


Alain Gautier/Bagages Superior
photo Yamamoto Shunichi


Alain Gautier/60ft Bagages Superior
winner solo non stop round the world race 
Vendee Globe '92-93
architects Groupe Finot

アラン・ゴーティエ/〈 バガジュ・スペリオル 〉 
ヴァンデ・グローブ単独無寄港世界一周ヨットレース 
'92-93優勝 
グループ・フィノ設計
 
Alain Gautier
photo Yamamoto Shunichi

Alain Gautier

アラン・ゴーティエ 
Jean Marie Finot
photo Yamamoto Shunichi

Jean Marie Finot
Groupe Finot

ジャン・マリー・フィノ 

ついでながら、'68-'69年に英国の新聞社の呼びかけでゴールデン・グローブ
という史上初の事実上の単独無寄港世界一周ヨットレースが行われたが、同時
スタートではなく、出港地もまちまち。 9艇参加した中で、少々古いが頑丈な
印度製木造32呎(9.75米)二本帆柱単胴艇(ダブルエンダーケッチ)〈スハイリ〉
に乗る、元本船乗りだがヨットレースなどには出たことがない英国人ロビン・
ノックス・ジョンストン(当時30)が313日で唯一人完走して優勝し、史上初
の単独無寄港世界一周帆走者として女王より"サー"の称号を授かった。
英国のファルマス入港時、係官に「どこから?」と訊かれ「ファルマスから」
と答えた話は語り草になっている。

単独大西洋横断など近年の帆走世界記録はそのほとんどが速度に優る
多胴艇(マルチハル)によって占められているが、単独(シングルハンド)
無寄港世界一周となると長丁場のうえ悪名高き南大洋も通るため、錘付き
竜骨(バラストキール)がなく、一旦転覆すれば自力復元しない多胴艇では
危険が大き過ぎて自ずと減速せざるを得ず、単胴艇(モノハル)が有利。
世界記録は第一回レースでティトアン・ラマズの109日、そして今回のクリス
トフ・オーギャンの105日だったが、その後毎回更新され、'08-09年第六回
レースではミシェル・デジュワイオが84日で新記録優勝した。

多胴艇では'73-74年に一ヶ所寄港で169日を出した70呎三胴艇〈マヌレヴァ〉
のアラン・コラの後、'86-87年に77呎三胴艇〈クリテール・ブリュット・ド・
ブリュット〉のフィリップ・モネが三ヶ所寄港129日、'89年にやはり仏の
オリヴィエ・ド・ケルソゾンが75呎三胴艇〈ア・ノートル・レガール〉で二ヶ所

寄港125日という単独記録がある。 もちろん複数の乗員(クルー)が乗れば
多胴艇が断然速く、ジュール・ヴェルヌ杯争奪無制限無寄港世界一周記録
は'93年初挑戦での85呎双胴艇(カタマラン)による79日が'10年の大型
双胴艇による48日まで短縮されている。


Kriter Brut de Brut
photo Yamamoto Shunichi

77ft trimaran Kriter Brut de Brut
for Philippe Monnet

ex Jacques Ribourel, ex Freetime
architect Xavier Joubert

フィリップ・モネの77フィート三胴艇 
〈 クリテール・ブリュット・ド・ブリュット 〉
 
クサヴィエ・ジュベール設計
 
Philippe Monnet
photo Yamamoto Shunichi

Philippe Monnet

フィリップ・モネ  
Poulain
photo Yamamoto Shunichi

75ft trimaran Poulain for Olivier de
Kersauson,
Un Autre Regard etc later,
finally 90ft trimaran Idec for Francis Joyon
architects Marc Van Peteghem/Vincent
Lauriot Prevost

オリヴィエ・ド・ケルソゾンの75ft三胴艇〈 プーラン 〉 
後に〈 ア・ノートル・レガール 〉他、
最後はフランシス・ 
ジョヨンの90フィート三胴艇〈 イデック 〉
 
マルク・ヴァン・ペテゲム/ヴァンサン・ロリオ・ 
プレヴォスト設計
 
Olivier de Kersauson/Sport Elec
photo Yamamoto Shunichi

Olivier de Kersauson/Sport Elec

オリヴィエ・ド・ケルソゾン/〈 スポル・エレック 〉 

ところが、である。 '04年2月に仏のフランシス・ジョヨンが元〈スポル・エレック〉
だった90呎(27.2米)三胴艇(トリマラン)〈イデック〉で 72日の単独無寄港世界
一周新記録を出してしまったのだ。 オスターのレース記録も出したごついが
物静かなジョヨンはタフで打たれ強いヨット乗り。 一、二週間の大西洋横断
ならばともかく、多胴艇で単独で挑もうというのがそもそも普通ではないが、
初の多胴艇による単独無寄港世界一周を達成したうえに単独記録を20日
以上も短縮し、複数乗員が乗り組んだジュール・ヴェルヌ杯の初期記録
をも破ってしまったのだからとても人間技とは思えない。 そして、'05年に
75呎三胴艇〈B&Q〉を駆る若き英国女性エレン・マッカーサーが71日で
ジョヨンの記録を破り、'08年にジョヨンが57日でまた巻き返した。


Francis Joyon
photo Yamamoto Shunichi

Francis Joyon

フランシス・ジョヨン 
Ellen MacArthur
photo Yamamoto Shunichi

Ellen MacArthur

エレン・マッカーサー 

フネは簡単に言ってしまえば、長ければ長いほど波を跨ぎ、細ければ細い
ほど流体抵抗が少なくて速度が出せるが、強度や浮力の保持との兼ね合い
からそれも限度がある。 帆走艇の場合は、帆に受ける刻々と変わる風に
よって傾いた時の艇の接水面が最良になるよう考慮しなければならず、
設計は複雑となり、ほとんど経験値の世界となる。

単胴艇には転覆と横流れを防ぐ錘付き竜骨(バラストキール)が必要だが、
多胴艇は巾広の艇体そのもので傾き(ヒール)からかなり踏ん張れて、二本
もしくは三本の艇胴(ハル)を細長くできる上、小型艇(ディンギー)のような
差込板(ダガーボードやセンターボード)で横流れを防いで錘付き竜骨が
不要なため軽いので、同じ長さなら単胴艇より速い、というわけだ。

今回は17艇が参加予定だったが、〈ゼン〉が最後まで支援者(スポンサー)が
付かずに断念、ヴァンデ・グローブ初の女性二人を含む16名がスタートする。
国別は仏11、英2、カナダ、ベルギー、ハンガリー各1。 ジャントと同じくBOC
単独世界一周レース二回優勝のクリストフ・オーギャン(37)をはじめ、単独
大西洋横断レース単胴艇部門優勝者など歴戦の長距離競争者(レーサー)
が名を連ね、女性の内の一人、イサベル・オティシエ(40)は'93-'94年に3名
の乗員と単胴艇でニューヨーク・サンフランシスコ間62日の記録を立てた。
(記録は'98年に今回も参加しているイヴ・パリエにより57日に更新された)

フネも過去のヴァンデ・グローブ、BOCレース優勝艇はもとより、新艇も4艇。
近年の競争用単胴艇(レーシングモノハル)の設計、建造の進歩も多胴艇に
劣らず急激で、軽くて強い炭素織維(カーボンファイバー)製の上履き(スリッパ)
のように偏平な艇体(ハル)に、喞筒(ポンプ)で水を移動させる水錘装置
(ウォーターバラスト)はもちろん、油圧で竜骨を左右に振って傾き(ヒール)を
抑える可動竜骨(カンティングキール)や、多胴艇では昔から採用されてきた
整流効果を高める回転式翼形状帆柱(ウィングマスト)を装備した艇もある。


canting keel system PRB
photo Yamamoto Shunichi

hydraulic canting keel system PRB 

〈 PRB 〉 油圧式可動竜骨装置 

航海機器はもはやほとんど電子化されていて、電波探知機(レーダー)、
気象図電送機(ウエザーファクシミリ)、文字電送機(テレックス)、航法用電子
計算機(ナヴィゲーションコンピューター)、自動操舵装置(オートパイロット)、
GPS衛星航法装置などは標準装備。 安全のためには各種無線機や、ARGOS
(アルゴス)、SARSAT(サルサット)などの自動位置発信機を搭載している。
これらの電力を賄うにはもちろん太陽電池板(ソーラーパネル)や風力発電機
(ウインドジェネレーター)だけでは足りず、内燃機関発電機と燃料が必要だ。
食糧は日持ちのする乾燥(フリーズドライ)食品と調理済み(レトルト)食品。
飲用には各種飲料水と海水利用の清水製造機。

しかしこれだけ電子化されていても基本的な帆走装置はすべて人力でという
のが規則で、波飛沫が打ちつける傾いた艇上で、自分の頭と身体だけで動索
(ロープ)と舵棒(ティラー)を操作しなければならないのは昔と変わらない。

巾広の浮桟橋(ポントン)も見送りの関係者やレース委員(コミテ)、そして
何組ものラジオ、テレヴィジョン局員(クルー)や多数の写真家(フォトグラ)
で犇めき合い、下手をすると港で落水だ。 ティエリーがしゃがんで感材
(フィルム)を詰め替えている。 胡麻塩銀髪の下の団栗眼が目配せ(ウィンク)
した。 起き上がり小法師のような体型の離島育ちの記者ジャンと擦れ違う。

ベルトラン・ド・ブロック(35)がはにかみながら60呎〈ヴォトル・ノム・オトゥル・
ドゥ・モンド〉(あなたの名が世界一周)の艇上に突っ立っている。 '92年の
プリマスで艇内の演技をしてもらった。 「こちらグループ・エルジェ。 一時間
後にブレントン・リーフ・タワー(灯標)通過予定。」 照れながら無線の送話器
(マイクロフォン)を握って喋ってくれたっけ。 今回は大きな支援者(スポンサー)
が付かなかったため、黄色の艇体に小さな名前がたくさん黒文字で斜めに
書き込まれていてなかなか美しい。 一人あたり250法(フラン、6275円)で
出資者を募ったところ、5000名の賛同者が名乗り出てくれたそうだ。


Votre Nom Autour du Monde
photo Yamamoto Shunichi


some thousands of supporters' names on
Bertrand de Broc/Votre Nom Autour
du Monde
ex Fleury Michon X for Philippe Poupon
Uunet for Philippe Monnet later
architect Philippe Briand

数千の支援者名が書き込まれたベルトラン・ド・ 
ブロック/〈 ヴォトル・ノム・オトゥル・ドゥ・モンド 〉
 
元フィリップ・プーポンの〈 フルーリー・ミション X 〉 
後にフィリップ・モネの〈 Uunet 〉 
フィリップ・ブリアン設計 
Bertrand de Broc/Groupe LG
photo Yamamoto Shunichi

Bertrand de Broc/60ft monohull Groupe LG
ex Ecureuil d'Aquitaine II for Titouan Lamazou,
the 1st Vendee Globe winner boat 

ベルトラン・ド・ブロック
 
第一回ヴァンデ・グローブ優勝艇、ティトアン・ラマズの
 
元〈 エキュレイユ・ダキテーヌ II 〉だった〈 グループ LG 〉
 
Philippe Poupon/Fleury Michon X
photo Yamamoto Shunichi

Philippe Poupon/60ft Fleury Michon X
Uunet for Philippe Monnet later
architect Philippe Briand

フィリップ・プーポン/〈 フルーリー・ミション X 〉 
後にフィリップ・モネの 〈 Uunet 〉 
フィリップ・ブリアン設計 
Philippe Poupon
photo Yamamoto Shunichi


Philippe Poupon
'86  winner solo transat sailing race
      Route du Rhum
'87  trans Atlantic sailing record 7 days
'88  winner solo transat sailing race
      Cstar ( ex Ostar )

フィリップ・プーポン 
'86 第三回ルト・ドゥ・ロム単独大西洋横断 
       ヨットレース優勝
 
'87 大西洋横断帆走記録 7日
 
'88 Cstar(元オスター)単独大西洋横断 
       ヨットレース優勝 

トニー・バリモア(57)がわたしを見つけて艇に上がれと言う。 だが他の人と
艇も撮らなくてはならず、フォトグラが何人も彼を撮りたがっているので、下りて
来ようとするのを押し止めて撮影させる。 大レースともなると帆走艇(ヨット)
専門だけでなく、競争者(レーサー)をよく知らない一般媒体(メディア)も大勢
押し掛けるのだ。 もうすぐ全艇が浮桟橋(ポントン)を離れてしまうので悪いが
時間がない。 当日朝ぎりぎりになって来るわたしが悪いのだが、悪いといえば
バリモアはいつも次の港で珈琲を一緒しようと言うが、わたしが忙しくていつも
擦れ違いだった。 今回は大分先の話になるけれど、また珈琲の約束をして
別れる。 ボン・ヴォヤージュ(良い航海を)と言うと英国人の彼も釣られて
メルシー(ありがとう)と言った。

第一回には自ら参加した、レース創設者にして主催者のフィリップ・ジャントが
ハンガリーのファ・ナンドル(43)と抱き合って静かに話している。 同じ苦しい
レースを闘ったことのある者はすでに友人を超えて同志なのだ。

ユーロップ2(ドゥー)ラジオ局の女性記者だが、ヨット好きが昂じて取材者から
とうとう取材される側にまわってしまったカトリーヌ・シャボー(34)が思い切った
短髪にして現れ、母親や友人たちと別れを惜しんでいる。 もう一人の女性
競争者(レーサー)イサベル・オティシエが来て抱き合ってお互いの健闘を
祈ると、報道陣が取り囲み押し合い圧し合い、もはや接眼孔(ファインダー)
を見ずに撮るしかない。

ジェりー・ルフやイヴ・パリエには会えなかったが、顔写真(ポートレート)や
フネは押さえてあるし、あとはスタート写真だ。 取材艇(バト・プレス)の出港
時間も迫っているのでここいらで切り上げ、指定された別の浮桟橋(ポントン)
まで急ぐ。

船長以下10名乗艇で1030(ヒトマルサンマル)出港。 レース艇も一杯ずつ
専用浮桟橋の舫いを解いている。 オロナ港から海までの長い水路の岸壁は
溢れ落ちそうな人の山。 参加艇を護るように計10000人以上が乗り込んだ
数百の観覧艇や取材艇(バト・プレス)、レース委員(コミテ)艇、審判艇など
が続く。 外海のビスケイ湾に出ると、端が見えないほど長い砂浜沿いの
遊歩道(プロムナッド)も人垣で真っ黒で、発表によれば悪天にもかかわらず
沿岸の見物は37万人。

スタートまで時間があるので、フネを流しながらパスティス(水で割って飲む
アニスの香りをつけた食前酒)と葡萄酒(ワイン)で乾杯。 レース委員(コミテ)
がバゲットを出し、葡萄酒園の持ち主がカマンベールチーズの差し入れをする。
わたしは今日は未だ珈琲も何も口にしていないので、勧められた葡萄酒は
アプレアプレ(後で後で)と言いながら、自分だけかなり薄めたパスティスで
バゲットをありがたく流し込む。 少々荒れた天候だけれど、皆ほとんど
初対面の連中がこうしてスタートを待ちながら、決して豪華ではない小宴
を開いていろいろなことを話すのは悪くない。

中程度の船室付き機走艇(キャビンクルーザー)で、フォトグラは海なしスイス
の雑誌記者とわたしだけ、しかも大口径レンズを振り回すのはわたしだけ
なのでついている。 大男の船長もどんどん指示を出してくれと言う。 取材証
(プレスパス)を手配してくれた渋い紳士と配船嬢が気をきかせてくれたらしい。
今朝着いたばかりだとは悪くてとても言えない。

昔、安宿が何処も満室で、小雨に震えながら誰もいない英国の連絡船埠頭
(フェリーターミナル)の小さな軒先で夜明ししていたわたしに、そこにいても
いいよ、六時になれば鉄扉(シャッター)が開くし、二階には簡易食堂(カフェ
テリア)もあるから、と言ってくれたのは巡回してきたごつい警備員だったし、
取材後、最終の鉄道が終ってしまい困っていたわたしを女学生で満員の
通学用大型車(スクールバス)に同乗できるよう話をつけてくれたのは、
仏蘭西の港の寒駅の駅員だった。 貧乏なわたしの旅と取材は人々の
善意と親切で成り立っているのだ。

1302(ヒトサンマルフタ)、いよいよ'96-'97年第三回ヴァンデ・グローブ単独
無寄港世界一周ヨットレースのスタートが切られた。 雲は厚く、かなり吹いて
波もあるが、嵐で二日もスタートが延期され、当日もまだ大荒れの'91年
ラ・ボール・ダカール単独ヨットレースほどではない。

あの時は救命索(ライフハーネス)まで付けても本当にフネから振り落とされ
ないようにするのが精一杯。 一人が撮る時は数人で其奴を支えるという
ような状態だった。 ベルトラン・ド・ブロックは高速で灯標(ブイ)に激突して
60呎三胴艇(トリマラン)を一艇お釈迦にしてしまったし、ローラン・ブルニョン

(当時25)は11日後に一番でダカールに到着したが、60呎三胴艇の左艇胴
(フロート)先端がもげてしまった.。 ライカから支援を受けているアランなどは
もう手遅れと知りながら、シュン、今から二人でヘリコ契約(チャーター)しよう、
と言い出す始末。 あの時ほどヘリコが羨ましく思えたことはなかった。

あの頃は手動焦点で撮っていて失敗も多かったけれど、それでも生き残った
吹いた時の写真はとても良いのだ。 反対に、高額の料金を何とか工面し、
殺到する予約を蹴散らしながらやっとヘリコ手配に成功しても、弱風に泣くこと
もある。 光と風がいつもついてまわるわけでもなく、結局は与えられた条件
の中で二度とない歴史の瞬間を切り取るしかないというわけだ。


Bertrand de Broc/Groupe LG
photo Yamamoto Shunichi

the last sailing Bertrand de Broc/60ft
trimaran Groupe LG ( ex Fujicolor for
Mike Birch ) before crashing into light
buoy in '91 solo
La Baule-Dakar sailing
race

architect Nigel Irens

ベルトラン・ド・ブロック/〈 グループLG 〉'91 ラボール・ 
ダカール単独ヨットレースで灯標激突前最後の帆走
 
元マイク・バーチの〈 フジカラー 〉 
ナイジェル・アイレンス設計 
Bertrand de Broc/Groupe LG
photo Yamamoto Shunichi

Bertrand de Broc/60ft trimaran Groupe LG

ベルトラン・ド・ブロック/〈 グループLG 〉 

どの艇も縮帆(リーフ)しているが傾き(ヒール)がきつく、夥しい大小の見送り
の船の乱雑な曳き波もひどい。 暗いので感材(フィルム)感度を倍にする。
ジャックのらしいヘリコが灯火を点けて一直線に飛んで来た。
女性艇、イサベル・オティシエの〈PRB〉(ペアールベ)とカトリーヌ・シャボーの

〈ワールプール・ユーロップ2(ドゥー)〉両艇の船尾手摺(スターンパルピット)
に挿してある花束が海上では一際胸を打つ。


Isabelle Autissier/PRB
photo Yamamoto Shunichi

Isabelle Autissier/60ft PRB
architects Groupe Finot

イサベル・オティシエ/〈 ペ・アール・ベ 〉
 
グループ・フィノ設計 
Isabelle Autissier
photo Yamamoto Shunichi

Isabelle Autissier
'93-94 Route de l'Or sailing record 62 days
New York - San Francisco via Cape Horn

イサベル・オティシエ 
’93-94 ルト・ドー黄金の道帆走記録 62日
 
ホーン岬経由ニューヨーク・サンフランシスコ間
 
Catherine Chabaud/Whirlpool-Europe 2
photo Yamamoto Shunichi

Catherine Chabaud/60ft Whirlpool-Europe 2
ex Helvim for Jean Luc Van Den Heede
architects Philippe Harle/Alain Mortain

カトリーヌ・シャボー/〈 ワールプール・ユーロップ 2 〉 

元ジャン・ルク・ヴァン・デ・ニードの〈 エルヴィム 〉 

フィリップ・アーレ/アラン・モルタン設計 
Catherine Chabaud
photo Yamamoto Shunichi

Catherine Chabaud
initial singlehanded non stop round the world
woman, 140 days (6th) on 60ft monohull
Whirlpool-Europe 2 (ex Helvim) in '96-97
Vendee Globe

カトリーヌ・シャボー
 
初の単独無寄港世界一周帆走女性
 
'96-97年ヴァンデ・グローブで 140日6位
 

回転式翼形状帆柱(ウイングマスト)の支持棒(ブーム)を漁船のように両舷横
に張り出した〈アキテーヌ・イノヴァシオン〉が先頭で消えていった。
いつも海に居るので、"ET"(地球圏外生物)の愛称を持つイヴ・パリエ艇長
(スキッパー)(36)は、ミニ・トランサット、フィガロ・ソロ、ユーロップ 1スター、
ルト・ドゥ・カフェ、ルト・ドゥ・ロムと大西洋の主要単独ヨットレースに全部、
単胴艇部門で優勝したことがある。


Yves Parlier/Aquitaine Innovations
photo Yamamoto Shunichi




Yves Parlier/60ft Aquitaine Innovations
Record winner Route d'Or '98 New York -
San Francisco via Cape Horn  57 days.
Monohull winner doublehanded Transat
Jacques Vabre '97 avec Eric Tabarly.
Pioneer of side booms for wingmast.
architects Groupe Finot

イヴ・パリエ/〈 アキテーヌ・イノヴァシオン 〉 
ホーン岬経由ニューヨーク・サンフランシスコ間 
'98 ルト・ドー黄金の道ヨットレース新記録優勝 
ウィングマスト支持棒装備艇のパイオニア
 
グループ・フィノ設計
 
Yves Parlier
photo Yamamoto Shunichi

Yves Parlier

イヴ・パリエ
 

ジェリー・ルフ(43)が来たので前方から狙う。 トニー・バリモアは年期の
せいか我が道を行くといった感。 アーヴェ・ローラン(39)の〈グループ LG
トレイトマット〉
の右舷が落書き風、左舷が明灰色(ライトグレー)一色の
非対称艇体が新鮮。 89年進水で少々古いが、第一回ヴァンデ・グローブ
の元優勝艇だ。 第二回優勝の〈バガジュ・スペリオル〉はとても美しい二本
帆柱艇(ケッチ)だったが、エリック・デュモン(35)の〈カフェ・レガル・ル・グ〉
に改装されて帆がやや広告過剰。


Herve Laurent/Groupe LG
photo Yamamoto Shunichi

Herve Laurent/60ft Groupe LG Traitmat
ex Ecureuil d'Aquitaine II for Titouan Lamazou, 
the 1st Vendee Globe winner boat


アーヴェ・ローラン/〈 グループ LG トレイトマット
 
ティトアン・ラマズの元〈 エキュレイユ・ダキテーヌ II 〉 
第一回ヴァンデ・グローブ優勝艇 
Herve Laurent
photo Yamamoto Shunichi

Herve Laurent

アーヴェ・ローラン
 

大男の船長が、誰が優勝すると思うかと言うから、オーギャンだと答え、少し
先に行ってしまった〈ジェオディ〉を追いかけてもらう。 全艇撮り終わって、
フィニ、メルシー(終った、ありがとう)と言うと、船長は船を回頭させる。
1500(ヒトゴオマルマル)に港に着くと、今ごろになってようやく暑いくらいの
陽光が射してきた。

淋しくなった港を後にしたわたしは、ジャントも詰める巴里凱旋門近くのレース
本部に数日通い、毎日の定時交信(ロールコール)と報道発表に顔を出し、
血が騒ぐけれど胸がしめつけられるような潮気をいっぱい吸い込んだ気分の
まま日本へ帰った。 その時はこんなに劇的なレースになるとは想像もしな
かったが、今から思えば、スタート翌日11月4日から5日にかけて襲った嵐は、
長距離レースに挑む艇団(フリート)への早目の警告だったのかもしれない。

自動操舵装置(オートパイロット)故障、艇体(ハル)に一米の裂け目、可動
竜骨(カンティングキール)故障、帆柱(マスト)折損で4艇がレ・サーブル・
ドロンヌへ戻り、11月8日から16日にかけて各々再スタートをしたが、バスク人
ディディエ・ムンデュテギー(43)の〈クラブ 60e スッド〉は徐々に甲板(デッキ)
が剥がれ始めてきて棄権を決意。


Didier Munduteguy/Club 60e Sud
photo Yamamoto Shunichi

Didier Munduteguy/60ft Club 60e Sud
architect Philip Morisson

ディディエ・ムンデュテギー/〈 クラブ 60e スッド 〉 
フィリップ・モリソン設計 
Didier Munduteguy
photo Yamamoto Shunichi

Didier Munduteguy

ディディエ・ムンデュテギー 

前回は完走して5位になったファ・ナンドルの新艇〈ブダペスト〉などは再スタート
後、夜間に貨物船に当て逃げされ、11月25日、執念で再々スタートしたが、
蓄電池(バッテリー)に充電できない電気故障で結局棄権。


Fa Nandor/Budapest
photo Yamamoto Shunichi

Fa Nandor/self designed 60ft Budapest

ファ・ナンドル/自設計〈 ブダペスト 〉
 
Fa Nandor
photo Yamamoto Shunichi

Fa Nandor 

ファ・ナンドル
 

他の艇も前部水漏れ、竜骨(キール)取付部水漏れ、気体燃料(ガス)漏れ、
電波探知機(レーダー)剥がれ、隔壁(バルクヘッド)破損、浮遊物に衝突、
発電機故障、肩打撲炎症、飲料水流出、帆桁(ブーム)破損などで悪戦苦闘
していたが、各々レースを続行していた。

12月1日、優勝候補の一人の女性艇長(スキッパー)イサベル・オティシエ
が新艇〈PRB〉(ペアールベ)の右舵が取れて失くなっているのを発見。
修理のため南アフリカのケープタウンに向かう。

12月6日、〈アフィベル〉甲板(デッキ)上のARGOS(アルゴス)衛星中継
船位発信装置が大鮫に喰い千切られ、ベルギーのパトリック・ド・ラディゲス
(40)は、その位置は私の位置ではない、と巴里のPC(ペセ、Poste de
Commande Course、レース本部)に打電。


Patrick de Radigues/Afibel
photo Yamamoto Shunichi

Patrick de Radigues/60ft Afibel
architect Philippe Harle/Alain Mortain

パトリック・ド・ラディゲス/〈 アフィベル 〉 
フィリップ・アーレ/アラン・モルタン設計 
Patrick de Radigues
photo Yamamoto Shunichi

Patrick de Radigues

パトリック・ド・ラディゲス
 

12月7日、'93年ミニ・トランサット優勝のティエリー・デュボワ(29)の〈アム
ネスティー・アンテルナシオナル〉が未確認浮遊物に衝突して右舵を破損、
ケープタウンに向かい、大量の飲料水漏れに加えて造水機まで故障して
清水欠乏に悩んでいたイヴ・パリエ(36)の〈アキテーヌ・イノヴァシオン〉
は氷片による左舵破損と艇体(ハル)水漏れで豪州のパースに向かう。

12月18日、〈アフィベル〉は転覆時の損害がひどく、豪州のフリーマントル
へ向かう。

その後、各艇とも歯痛、爪先の皹割れ、度重なる転覆による各部の故障に
悩まされていたが、とうとう12月25日、豪州南西印度洋上で風速30-35米秒
の中、仏のラファエル・ディネリ(28)の〈アルジムス〉が二度転覆した際に
帆柱(マスト)が折れて艇体(ハル)を突き破り倒立。 最終的には帆柱が
外れて正立したが、今度は徐々に沈み始めて、正午に救助信号発信。


Raphael Dinelli/Algimouss
photo Yamamoto Shunichi

Raphael Dinelli/60ft Algimouss
ex Credit Agricole IV for Philippe Jeantot

ラファエル・ディネリ/〈 アルジムス 〉 
元フィリップ・ジャントの〈 クレディ・アグリコール IV 〉
 
Raphael Dinelli
photo Yamamoto Shunichi

Raphael Dinelli

ラファエル・ディネリ
 

発見さえ難しい海況だったが、翌26日深夜、一番近かった参加艇中唯一
小さな50呎(15.24米)艇〈アクア・クオラム〉の英国人艇長(スキッパー)
ピート・ゴス(35)が駆けつけて、まさに沈没寸前のディネリの劇的な救助
に成功した。 後にヨットマン・オブ・ザ・イヤー(年間帆走艇乗り賞)と
レジオン・ド・ヌール勲章を受章したゴスと、有りったけのARGOS(アルゴス)、
つまり三つもARGOSを身体に巻き付けて脱出したディネリは無二の親友
となり、二人乗り(ダブルハンド)大西洋横断レースにも一緒に参加する
ことになる。


Pete Goss/Aqua Quorum
photo Yamamoto Shunichi


Pete Goss/50ft Aqua Quorum
with canting keel & twin dagger boards 
architect Adrian Thompson

ピート・ゴス/50フィート〈 アクア・クオラム 〉 
カンティングキールとツインダガーボード装備
 
エイドリアン・トンプソン設計
 
Pete Goss
photo Yamamoto Shunichi

Pete Goss

ピート・ゴス 

遭難はそれで終りではなかった。 年明けの'97年1月4日夜から翌朝にかけて
ディネリ救出とほぼ同じ海域は、風速23-28米秒、波高12-15米、水温2度C、
気温1度C、視界1海里(マイル、1852米)と厳しい海況だったが、ティエリー・
デュボワの〈アムネスティー・アンテルナシオナル〉が転覆し、帆柱が折れて
倒立。 近くにいたトニー・バリモアの〈エクシド・チャレンジャー〉も転覆して
竜骨(キール)が完全に取れてしまい、倒立したまま。

翌1月5日、PC(ペセ)の要請を受けた豪海軍救助機から〈アムネスティー〉
に救命筏(ライフラフト)投下。 逆様になった艇の舵に辛うじてしがみついて
いたデュボワは無事移乗に成功したが、その時点で機よりバリモアの生存
は確認できなかった。

1月8日、急行していた豪海軍駆逐艦〈アデレード〉が現場到着。 救助艇が
近づき〈エクシド〉の船底を叩くと応答があり、やがて自力で海面に浮かび
上がってきた倒立艇内4日目のバリモアを救助。 離艦したヘリコも救命筏
(ライフラフト)上のデュボワ救出に成功した。


Pour Amnesty Internationale & Cafe Legal Le Gout
photo Yamamoto Shunichi


Thierry Dubois/60ft Pour Amnesty
Internationale ( ex Charente Maritime TBS
for Pierre Follenfant, left ) & Eric Dumont/
60ft Cafe Legal Le Gout
( ex Bagages
Superior for Alain Gautier, right )

ティエリー・デュボワ/〈 アムネスティー・アンテル 
ナシオナル 〉
(左)とエリック・デュモン/〈 カフェ・ 
レガル・ル・グ 〉(右)
 
Thierry Dubois
photo Yamamoto Shunichi

Thierry Dubois

ティエリー・デュボワ
 
Eric Dumont
photo Yamamoto Shunichi

Eric Dumont

エリック・デュモン
 
Tony Bullimore/Exide Challenger
photo Yamamoto Shunichi

Tony Bullimore/60ft Exide Challenger

トニー・バリモア/〈エクシド・チャレンジャー〉 
Tony Bullimore
photo Yamamoto Shunichi

Tony Bullimore 

トニー・バリモア 

とりあえず一安心した巴里のPC(ペセ)だが、まだ気懸りなことが残って
いた。 右舵修理後、失格ながらも完走を目指して12月7日にケープタウン
を出港したオティシエは、ニュージーランドと米大陸南端ホーン岬中間南方
の太平洋上を航っていたが、二人の救出劇前日の1月7日1126(ヒトヒト
フタロク)から近くに居るはずの〈グループ・LG(エルジェ)〉に乗るカナダの
ジェリー・ルフ(43)が無線に出ない、とレース中ジャントが詰める巴里のPC
(ペセ)に報せてきたのだ。

そして同日2300(フタサンマルマル)から〈LG〉のARGOS(アルゴス)も位置
を送って来なくなってしまった。 全艇とも各種無線機の他、個別番号IDを
持つ最新防水型ARGOS(アルゴス)を甲板(デッキ)上に一個、艇内に二個
搭載していて、衛星中継の自動船位発信に加えて、艇長(スキッパー)が
警報(アラーム)を入(オン)にすれば緊急信号も発信できる。 三個全部が
三ヶ月持つ電池切れ又は故障ということはまず考えられず、もちろん助から
ないがもし落水だとしてもARGOSは発信し続けるはずで、ということは艇が
何か重大な災難に見舞われたかもしれないことを示唆していた。

1月8日、〈グループ・LG(エルジェ)〉の最終確認位置に比較的近い4艇と、
たまたま付近を航行中の貨物船一隻がPCの捜索要請を受諾。 かなり
針路を変えて指示海域に向かうが、時に38米秒にもなる烈風のため、一艇
は二度も転覆し、結局全艇が捜索を断念。 PCは近隣各国、船舶、航空機
に緊急情報を流す。

1月12日、仏政府を通して要請していたカナダの気象衛星が高性能計数式
撮像機(ディジタルキャメラ)で捜索するも何も発見できず。

1月16日、ホーン岬北西海域を飛行中のチリ空軍機が常時聴取の国際
超短波無線(VHF)主周波数(メインチャンネル)の16番で「Groupe(グループ)
Lima(リマ、L) Golf(ゴルフ、G)」を微かに傍受。 再三呼びかけるも応答は
なくその一声のみで、様々な憶測を生む元となる。

〈グループ・LG〉より遅いはずのフネも含め有資格完走6艇全部が到着し、
五ヶ月ちかくに及ぶレースが終っても、'96年ユーロップ 1スター単独大西洋
横断ヨットレース単胴艇部門で優勝したばかりのジェリー・ルフと彼の愛艇は
姿を現さなかったのだ。


Gerry Roufs/Groupe LG
photo Yamamoto Shunichi


Gerry Roufs    1953-1997
disappeared in deep south Pacific with
this 60ft Groupe LG in the 3rd Vendee
Globe solo non stop round the world
sailing race 6 months after monohull
winner of Europe 1 Star singlehanded
trans Atlantic sailing race ( ex Ostar )
.
The last image of Gerry . . . . .

ジェリー・ルフ 
第三回ヴァンデ・グローブ単独無寄港世界一周 
ヨットレースで行方不明 
Gerry Roufs/Groupe LG
photo Yamamoto Shunichi

Gerry Roufs/60ft Groupe LG
solo trans Atlantic sailing race Europe 1
Star '96 ( ex Ostar ) monohull winner


ジェリー・ルフ/〈 グループLG 〉 
単独大西洋横断ヨットレースユーロップ 1スター'96  
(元オスター)単胴艇部門優勝
 

BOC単独世界一周ヨットレース(後にアラウンド・アローン、現在 5 Oceans)
に'90-'91年、'94-'95年と二回優勝、単独24時間帆走(デイラン)単胴艇
(モノハル)記録350.9海里(マイル、650粁)、乗員(クルー)乗り組みでは
447.5海里(マイル、828粁)を持ち、このレースでも可動竜骨装備グループ・
フィノ設計60呎〈ジェオディス〉を駆り、今までの記録を4日も短縮して105日
20時間31分23秒で新記録優勝した仏のクリストフ・オーギャン(37)は、事
を成すのに必要な三つの条件をいつも自分に言い聞かせているという。
「準備」 . . . 「経験」 . . . 「決断」。
ルフはこの三つを十分に充たしていたが忽然と消えてしまった。


Christophe Auguin/Geodis
photo Yamamoto Shunichi








Christophe Auguin/60ft Geodis
( ex canting keeled Sceta Calberson )
Record winner 105 days solo non stop
round the world sailing race Vendee
Globe '96/97.
Double winner solo round the world
sailing race BOC '90/91 & '94/95
( Around Alone later, Velux 5 Oceans
now ).
architects Groupe Finot

クリストフ・オーギャン/〈 ジェオディ 〉 
可動竜骨装備の元〈 セタ・カルベルソン 〉
 
ヴァンデ・グローブ単独無寄港世界一周ヨットレース 
'96-97優勝 
'90−91と'94−95BOC単独世界一周ヨットレース
 
二回優勝 
グループ・フィノ設計
 
Christophe Auguin/Geodis
photo Yamamoto Shunichi

Christophe Auguin/Geodis

クリストフ・オーギャン/〈 ジェオディ 〉 

'88年サンマロ。 前年に進水後、ラ・ボール・ダカール二人乗り(ダブルハンド)
レースでダニエル・ジラール初代艇長(当時38)落水の悲劇は出したけれど、
大西洋横断新記録7日を樹立したばかりで、ケベック・サンマロ大西洋横断
レースに新記録優勝した直後の75呎(22.8米)双胴艇(カタマラン)〈ジェ・
セルヴィス V〉は、帆走倶楽部(ヨットクラブ)前に静かにその巨体を憩めて

いた。 '90年には自己記録を更新して、その後11年も保持することになる
大西洋横断世界記録6日13時間3分32秒も叩き出した名艇だ。 未だ湿気
が物凄くてレンズがすぐ曇ってしまい、一台しかない写真機の故障を心配
しながら散らかった艇内を撮影させてもらった時、乗員(クルー)だったルフ
がいろいろ説明してくれた。

'89年ハンブルグ。 多胴艇(マルチハル)のみが参加する欧州一周(ラウンド・
ユーロップ)レース第一航程(レグ)にセルジュ・マデック二代目艇長から誘
われ、あの輝かしい太横縞の制服(ユニフォーム)を着てルフたちと〈ジェ・
セルヴィスV〉でエルベ河口まで下った。 生ハムサンドイッチを齧りながら
のんびり航海といった趣きだったが、艇速計は帆走としては高速の20.72節
(ノット)(38.37粁時、1ノット=1.852粁時)を示していた。

小柄だけれど戦歴は華々しく、その後単胴艇(モノハル)の艇長(スキッパー)
となり、あちこちの単独や二人乗りレース(ショートハンドレース)で会ったが、
濃い色眼鏡(サングラス)と営業用ではない愛想の良さは変らず、いつも
向こうから声を掛けてきてくれた。


Gerry Roufs/Jet Services V
photo Yamamoto Shunichi

Gerry Roufs/Jet Services V

ジェリー・ルフ/〈 ジェ・セルヴィス V 〉 
Gerry Roufs/Jet Services V
photo Yamamoto Shunichi

Gerry Roufs    1953-1997
Gerry ( wheel ) used to be a crew of this
75ft record breaking maxi catamaran Jet
Services V ( Commodore Explorer later ),
Royale II  for Loic Caradec & Formule Tag
for Mike Birch.
Vice champion 470 World '78.

ジェリー・ルフ 
22.80m名カタマラン〈 ジェ・セルヴィス V 〉元クルー
 
Serge Madec/Jet Services V
photo Yamamoto Shunichi







Serge Madec/Jet Services V
Gilles Ollier designed 75ft ( 22.80m )
catamaran which can be taken apart for
land carry.  Monarch of open offshore races
in the late 80s.
'87  Open UAP Round Europe Race winner
'88  transat record 7 days
'88  Transat Quebec Saint Malo Race winner
'88  Discovery Race winner
'89  Open UAP Round Europe Race winner
'90  transat record 6 days kept until 2001

セルジュ・マデック/〈 ジェ・セルヴィス V 〉 
分解陸送可のジル・オリエ設計75フィートカタマラン 
80年代末オープン外洋ヨットレースの王者
 
'88 & '90 大西洋横断帆走記録 2001年まで保持
 
Serge Madec/Jet Services V
photo Yamamoto Shunichi

Serge Madec/Jet Services V
over 20 knot boat speed
even in cruising mode 

セルジュ・マデック/〈 ジェ・セルヴィス V 〉 
のんびり航海でも艇速 20ノット以上
 

'68-'69年のゴールデン・グローブで、〈スハイリ〉のロビン・ノックス・ジョンストン
より二ヶ月以上遅い出発にもかかわらずいい線に追い上げながら、これは
個人的な情熱でやっているのだ、あんたたちの遊び(ゲーム)には参加したく
ない、ただ海にいることが幸せで自分の魂を救うためなのだと、レースとして
の到着を拒否し、大西洋を北上せずに地球を一周半してタヒチまで行って
しまったのは〈ジョシュア〉に乗る仏蘭西のベルナール・モワテシエール(当時
43)だったが、今時もうそんな純な帆走艇乗りはルフも含めていないし、捜索
手段も当時とは比較にならないほど高度化している。


Joshua
photo Yamamoto Shunichi

Joshua for Bernard Moitessier
39ft steel ketch
architects Jean Knocker/Bernard Moitessier

ベルナール・モワテシエールの〈 ジョシュア 〉 
39フィート鉄製ケッチ
 
ジャン・ノッカー/ベルナール・モワテシエール設計
 

あの微かな超短波(VHF)無線はいったい何だったのだろうか。
しかし考えてみれば、現代でも見つからないそんな広い海、遭難の痕跡
も残らない海、というものが未だこの地球上にあるということは、この星に
生きる者たちすべてにとって幸せなことなのかもしれない。

参加16艇中、棄権2、失格4、救助3、行方不明1。
皆を見送った日の夜、レ・サーブル・ドロンヌで大型犬に刻印されたわたし
の脚の歯形は、その後消えるどころか時を経るにつれますます鮮やかさを
加えている。 四年後の次回ヴァンデ・グローブへのこの上もない招待状
のようにだ。 みんなから遠く離れたところで地べたを這いずりながら、
わたしは胸がきゅんとなり、鼻の奥が痛くなるような、けっして嫌いではない
あの祭りのあとの寂しさを思い出していた。







spectator crowds, Les Sables d'Olonne
photo Yamamoto Shunichi

spectator crowds, Les Sables d'Olonne 

賑わうレ・サーブル・ドロンヌ 
singlehanded non stop
round the world yacht race

 単独無寄港世界一周ヨットレース
singlehanded non stop round the world yacht race
photo Yamamoto Shunichi

daily roll call by Philippe Jeantot, PC Paris
photo Yamamoto Shunichi

daily roll call by Philippe Jeantot, PC Paris 

フィリップ・ジャントによる毎日の定時交信 
巴里レース本部 
new type Argos

 新型アルゴス
new type Argos
photo Yamamoto Shunichi






Round the World, Non Stop, Singlehanded
( * against wind & current westward,    # women record,    (v) Vendee Globe )

1968-1969    Robin Knox Johnston    Gbr    Suhaili M      32ft ketch    313d
1970-1971 Chay Blyth Gbr British Steel M   59ft ketch 293d *
1973-1974 Horie Kenichi Jpn Mermaid III M   29ft sloop 275d *
1985-1986 Dodge Morgan Usa American Promise M   60ft sloop 150d
1989-1990 Titouan Lamazou   Fra Ecureuil d'Aquitaine II    M   60ft sloop 109d (v)
1993-1994 Mike Golding Gbr Group 4 M   67ft sloop 161d *
1996-1997 Christophe Auguin Fra Geodis M   60ft sloop 105d (v)
1996-1997 Catherine Chabaud Fra Whirlpool-Europe 2 M   60ft yawl 140d (v) #
2000 Philippe Monnet Fra Uunet M   60ft sloop 151d *
2000-2001 Michel Desjoyeaux Fra PRB M   60ft sloop  93d (v)
2000-2001 Ellen MacArthur Gbr Kingfisher    M   60ft sloop  94d (v) #
2003-2004 Francis Joyon Fra Idec T   90ft sloop  72d
2003-2004 Jean Luc Van Den Heede    Fra Adrien M   85ft sloop 122d14h03m49s *
2004-2005 Vincent Riou Fra PRB (monohull record)    M   60ft sloop  87d (v)
2004-2005 Ellen MacArthur Gbr B & Q T   75ft sloop  71d14h18m33s #
2005-2006 Dee Caffari Gbr Aviva M   72ft sloop 178d03h05m34s * #
2007-2008 Francis Joyon Fra Idec T   98ft sloop  57d
2008-2009 Michel Desjoyeaux Fra Foncia (monohull record)    M   60ft sloop  84d (v)
2012-2013 Francois Gabart Fra Macif (monohull record) M   60ft sloop  78d (v)
2016 Thomas Coville Fra Sodebo Ultim' T 102ft sloop  49d03h07m38s
2016-2017 Armel Le Cleac'h Fra Banque Populaire VIII (mono) M   60ft sloop  74d03h35m46s (v)
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