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オスター単独大西洋横断帆走レース

original solo transat yacht race



米建国の祖、ピルグリム・ファーザーズのメイフラワー号が新大陸へ向け
出帆した英国南西部プリマスから米国東部ニューポートまでおよそ2800
マイル(5186km、1マイル=1.852km))の単独大西洋横断帆走レース。
そう、あのタイタニックでよく知られる豪華客船の北大西洋航路とほぼ
同じだ。

1827年に創設されたプリマスのRWYC(ロイアル・ウエスタン・ヨット・クラブ・
オブ・イングランド)主催で四年毎に開催され、英国オブザーヴァー紙が
スポンサーだったためオスター(OSTAR - Observer Singlehanded Trans
Atlantic Race)の略称で長らく呼ばれていたが、'88年は CStar、'92年と
'96年は Europe 1 Star、2000年は Europe 1 New Man Star の冠大会名
で行われた。

さて、フルクルーで100ft(30.48m、1フィート=0.3048m)もの豪華ヨットに
よる貴顕、富豪たちの大西洋横断帆走レースは、1866年から一回を除き
米から英の東航で不定期に行われていたが、第二次大戦後も依然多額
の経費と多くのクルーを必要とする外洋レースに辟易していた男がいた。
数々の自動操舵装置を考案し、4年間構想を温めてきた元英国海兵隊の
ヒーロー士官、ハーバート・ジョージ・ハスラー(通称ブロンディー)である。

彼は他の二人の創設メンバー、フランシス・チチェスター、ジャック・オドリング・
スメイとともに画期的な外洋レースを企画した。 理念は「一人」、「一杯の
フネ」、「一つの海」。

さらにハスラーはこの史上初の本格的な単独外洋レースの規則を定めた時、
艇の選択を完全に参加者に任せることにした。 それがヨットデザインを刺激
する最良の方法と確信していたからだ。 参加艇制限がまったくないか、
あるいはたいへん緩やかな規則で行われる近代オープンレースがはじまった
のだ。

1960年6月11日スタートの第一回の参加者は5人(英4、仏1)で、全艇が
無事完走し(初回のみプリマスからニューヨーク)、艇団中最大のロバート・
クラーク設計40ft木造スループ〈ジプシー・モスIII〉に乗る、58歳の元冒険
飛行家で地図製作会社社長のフランシス・チチェスターが40日で優勝し、
自設計26ftジャンクリグフォークボート〈ジェスター〉のブロンディー・ハスラー
が48日で2位に入った。

第一回は小さな、いわば地方の内輪のレースといったものだったが、'64年
の第二回からは立派な国際レースとして注目された。 12艇のモノハル
(単胴艇)に加えて早くもカタマラン(双胴艇、以下CAT)2艇、トリマラン
(三胴艇、以下TRI)1艇が参加し、以来今日までマルチハル(多胴艇)
の出ない回はない。

第一回の5人は全員参加したが、前回と同じフネのチチェスターは29日で
2位。 ウインドベーン(風向自動操舵装置)故障にもかかわらず27日で
優勝したのは、単独レース用にタバルリとコンスタンティーニにより設計
された当時の軽排水量マキシ、44ft合板ケッチ〈ペン・デュイックII〉に乗る
まだ無名の仏海軍士官、
エリック・タバルリだった。 アングロサクソンを
破った彼は一夜にして仏の国民的英雄になり、ド・ゴール大統領は即座
にレジオン・ド・ヌール勲章授与を決定。 フランスでは大きなヨットブーム
が起こった。

次回'68年のレースでは、タバルリは当時としては革新的なチューブ(鋼管)
構造のクロスビーム(横梁)を持つ、アンドレ・アレグレ設計のアルミニウム
製67ftマキシトリマランケッチ〈ペン・デュイックIV〉を用意したが、仏での
ゼネストと反体制ストのせいで準備不足の上、貨物船に衝突され、自動
操舵装置の故障にも見舞われて棄権し、連覇の夢は消えた。

このレースから艇スポンサーが許可され、結局25日で優勝したのはロバート・
クラーク設計57ftケッチ(二本帆柱艇)〈サー・トーマス・リプトン〉に乗る英国
の無名のジェフリー・ウィリアムスだった。 特筆すべきは米のトム・フォレット
の珍しい40ftPRAO(プラオ、片持ちフロート艇)〈チアーズ〉が27日で3位に
入ったことで、設計者のディック・ニューイックは一躍その名を上げた。

'72年には第一回の10倍以上の55人のシングルハンダー(単独航海者)が
参加した。 仏のジャン・イヴ・テルランのディック・カーター設計三本マスト
スクーナー〈ヴァンドレディ 13(トレーズ)〉(13日の金曜日号)は128ftという
巨大さだったが、タバルリに借りた、70ftになったトリマランケッチ〈ペン・
デュイックIV〉のアラン・コラと広い洋上で互いに視認するという一騎打ちの
あげく、コラが16時間差の20日でオスター初のマルチハル優勝を飾った。

一方、'66−'67年に53ft木造ケッチ(二本帆柱艇)〈ジプシー・モス IV〉に乗り、
プリマスからシドニーに寄港しただけで単独世界一周早回り226日の記録を
出して"サー"になった、第一回優勝者のフランシス・チチェスターも57ftケッチ
〈ジプシー・モスV〉で参加したが、持病悪化と気象観測船による衝突で介護
されながら帰港、数ヶ月後に71歳でその偉大な先駆者の生涯を閉じた。

優勝したコラは翌'73年から'74年にかけて、クルーが乗り組む数ヶ所寄港
世界一周帆走レースの第一回ウイットブレッドに対抗し、タバルリから買った
トリマランケッチ〈ペン・デュイックIV〉を〈マヌレヴァ〉と名付け、大嵐のため
途中一ヶ所シドニー寄港ながら169日で仏のサンマロに帰港して単独世界
一周帆走最速記録を立てた。

'76年の第5回オスターはその極端さでおそらく永遠に記憶されることだろう。
まず参加者が前回の倍以上、オスター史上最多の125人に達したこと。
(内CAT 3、TRI 15) 次々に北大西洋を襲った5個の低気圧がレース艇団
をかつてない危険な状況に陥れたこと。(日数制限超過 5、行方不明 1、
落水 1を含む棄権 48艇) そして、あのジャン・イヴ・テルランの128ft
〈ヴァンドレディ13〉が霞んで見える、アラン・コラのミシェル・ビゴワン設計
236ft(72m!)、セイルの大聖堂と呼ばれた4本マストモノハル〈クラブ・
メディテラネ〉
が登場したこと、などだ。

しかし、コラは2回の嵐の後、ほとんどのハリヤード(帆の揚降索)とセイルを
破損し、ニューファンドランドに修理寄港して58時間のペナルティーをもらって
しまい結局 2着で5位。 〈ヴァンドレディ13〉を仏のイヴォン・フォコニエに
譲ったテルランは、'74年英国一周レース優勝の元〈ブリティッシュ・オキシ
ジェン〉だった艇団中最大のマルチハル、70ftカタマラン〈クリテールIII〉で
参加したが、クロスビーム破損のため分解して沈没。 怪我とセイル破損
で棄権したフォコニエやテルラン等43人もが同じ貨物船に救助された。

大荒れのためレース記録は更新されなかったが、建国200年祭に沸くアメリカ
に最初に到着したのは、オートパイロット故障にもかかわらず、本来15人
のフルクルー用にアンドレ・モーリックが設計した73ftアルミニウムケッチ
〈ペン・.デュイック VI〉を駆るエリック・タバルリだった。 彼は'64年に続く勝利
でオスター初のダブル優勝者となり、シャンゼリゼ通りの凱旋パレードで
フランス人の興奮は頂点に達した。

忘れてならないのは、ニューイック設計の小さな32ftトリマラン〈ザ・サード・
タートル〉に乗る元カウボーイ、カナダのマイク・バーチが1日遅れで2位に
入ったことだ。 潮気溢れるバーチは2年後の第一回ルト・ドゥ・ロム単独
大西洋横断レースで38ftトリマランに乗り、大型単胴艇をまくって劇的な
逆転優勝をすることになる。

'72年に128ft〈ヴァンドレディ13〉が登場したため、次の'76年には3クラス
に分けられたが、その最大クラスに上限がなかったので、236ftモンスター
〈クラブ・メディテラネ〉が現れた。 そこで主催者は本来のトランサット精神
が失われているとして、巨大過ぎるフネの出現を阻止するため、次回'80年
のレースから最大クラスの上限を56ftにすることにした。('84年から5クラス
で最大60ft、'88年から6クラスで最大60ft、およそ18.28m) その結果、この
全長制限に不満な、有力スポンサーに支援され、巨大艇を数多く持つフランス
勢は仏版オスターのルト・ドゥ・ロムを'78年に創設することになるのだが。

'80年のレースは参加90艇中、TRI 18、PRAO 1、CAT 0で、ニューイック
設計のトリマラン4艇の中には17日で優勝した65歳の米の元地方新聞社主、
フィル・ウェルドの51ftトリマラン〈モキシー〉も入っていた。 7時間遅れで2位
に着けたのは英国のニック・ケイグの乗る、デレク・ケルソール設計53ft
トリマラン〈スリー・レッグズ・オブ・マン III〉。 歴代オスター優勝者の中では
たぶんウェルドがもっとも"ふつうの人"であり、そしてこのレースがフランス
人以外が勝った最後のレースになる。

ところで仏では'79年のダブルハンド(二人乗り)大西洋往復レースから
使われたが、オスターでは'80年から初めてARGOS(アルゴス)衛星位置
追跡装置が各艇に搭載され、以後乗員の安全とメディア報道に大いに
役立つことになった。

参加 91艇中、カタマラン13艇、トリマラン22艇が占めた'84年レースは
CATかTRIかと論争が盛んな年だった。 カタマランはおそらくトリマラン
より速いが、安定性に劣るためシングルハンド(一人乗り)では疲れが
ひどいとみなされていた。 そしてオスターに参加するためだけに無理
矢理切断したフネもあるフレンチフリート(仏艇団)の逆襲が始まった。

カタマラン艇団には、'82-'83年第一回BOC(British Oxygen Challenge、
数ヶ所寄港の単独世界一周帆走レース、後にアラウンド・アローン、現在
5 Oceans)で勝ったばかりのフィリップ・ジャントをはじめ、ジル・ガイネ、
パトリック・モルヴァン、マルク・パジョ、ブルーノ・ペイロン、ロイック・ペイロン
など、トリマラン艇団にはエリック・タバルリ、ダニエル・ジラール、イウ゛ォン・
フォコニエ、フローレンス・アルトー、オリヴィエ・ムッシー、フランソワ・
ブシェール、フィリップ・プーポンなどの有力フランス勢が名を連ね、英国勢
にはトリマランのジェフ・ホウルグレイブ、ピーター・フィリップスがいた。

このレースはかつてないほど新艇に乗るプロスキッパー(艇長)たちによる
激闘の様相を見せ、上位10艇が11時間以内にまとまり、13艇(内2艇モノハル)
がレース記録を更新した。 一番で到着したのは、ジョン・シャトルワース
設計56ftトリマラン〈フルーリー・ミション VI〉のフィリップ・プーポンだったが、
転覆したフィリップ・ジャントの救助に向かったフィル・モリソン設計53ftTRI
〈ウンプロ・ジャルダンV〉のイヴォン・フォコニエが16時間のタイムアロウ
ワンスをもらって優勝した。 3位に入ったマルク・パジョの、ブーム(帆桁)
がヘッドスル(前帆)のタック(前下端部)まで延びている斬新なバレストロン
リグを装備した初の軽量カーボン製大型マルチハル、ジル・オリエ設計59ft
カタマラン〈エルフ・アキテーヌ II〉以外は7位まですべてがトリマランだった。

95艇参加の'88年第8回レースではCATとTRIの闘いはもうなかった。
少なくともシングルハンドでの大西洋横断競争には、同サイズならトリマラン
はカタマランより優れていた。 そしてもちろんモノハルよりも。
数えきれない試行錯誤を経て実用化された、純カーボン材、ケヴラーなど
の新しい複合素材、プリプレグオーヴンモールディングのような高度な建造
技術、そしてそれらによる自由度の恩恵を受けたデザインの進歩によって
新世代のトリマランはより軽く、より固く強く仕上がり、より大きなセイル
エリア(帆面積)を持てるパワフルなマシンになったのだ。

すべてのスタースキッパーたちと、英のナイジェル・アイレンス、仏のマルク・
ヴァン・ペテゲム/ヴァンサン・ロリオ・プレヴォ
、仏のジル・オリエなどの
スターマルチハルデザイナーたちの新艇が勢揃いした。
充分なスポンサーシップを受けたフレンチフリートに対抗できるのは、バリー・
ノーブル/マーティン・スミス設計60ftトリマラン〈スピリット・オブ・エイプリコット〉
の英のトニー・バリモアと、アドリアン・トンプソン設計60ftトライフォイラー
(水中翼三胴艇)〈セバゴ〉の米のフィル・ステッガルだけだった。

'88年も上位10艇がレース記録を更新し、予想どおり5位と6位のカタマラン
以外12位までをトリマランが占め、13番目に到着したモノハル(単胴艇)
クラスのトップはミシェル・ジュベール/ベルナール・ニヴェール設計60ft
スループ
〈UAP 1992〉のジャン・イヴ・テルランの17日だった。
優勝したのは前回オスターを逃したが'86年ルト・ドゥ・ロムに勝っていた
フィリップ・プーポンで、このレースに的を絞ってナイジェル・アイレンスが
設計した新しい60ftトリマラン〈フルーリー・ミション IX〉を駆り、この上もない
異常なリーチング(横風)の気象条件に恵まれた最短ルートで、10d09h
15m19s(平均11.23ノット)という驚異的な単独西航記録を叩き出した。
(東航は卓越風のためもっと速い)

その後、'92年、'96年と勝ってエリック・タバルリに次ぐ二人目のオスター
ダブル優勝者となった、ナイジェル・アイレンス設計の名艇、60ftトリマラン
〈フジカラー II〉に乗るロイック・ペイロンの記録は50分差でプーポンに届か
なかったが、2000年6月の第11回ではとうとう10日の壁が破られた。
同じくアイレンス設計の60ftトリマラン〈ユール・エ・ロワール〉のフランシス・
ジョヨンが9d23h54m36sのレース新記録を出したのだ。

2004年5月のレースは伝統あるロイアル・ウエスタン・ヨット・クラブの手を
離れレース企画会社が運営するThe Transat (ザ・トランサット)となり、
ボストン到着になってしまったが、2000-2001年ヴァンデ・グローブ単独
無寄港世界一周レース優勝、2002年ルト・ドゥ・ロム単独大西洋横断レース
にも優勝して絶好調のミシェル・デジュワイオが、マルク・ヴァン・ぺテゲム/
ヴァンサン・ロリオ・プレヴォ設計の60ftトリマラン〈ジェアン〉を駆り優勝し、
史上初の三大単独無寄港レース全部の勝者となった。 レース記録は
39時間以上も一気に短縮され、上位6艇のトリマランによって更新された。

ブロンディー・ハスラーの奇抜な、しかし魅力的なアイデアは多くの人々
を巻き込み、百家争鳴の論争は果てることがないけれども、今や十指に
余る血沸き肉踊るオープンレースが世界の海で行われている。 同型艇
で競うワンデザインクラスレースや二艇だけのマッチレースもいいけれど、
もし同じようなフネで公平(?)なレースをしたいのなら、乗り手のほうも
少なくとも体格別に(できれば資産別に)しなければ片手落ち、と思うのは
極端過ぎる考えだろうか。 この世ではあらゆる人がさまざまな形で
ハンデを背負っていて、同じ条件のスタートなどあり得ないのだから。






Mayflower wharf, Plymouth   Mayflower wharf, Plymouth
Queen Anne's Battery Marina in front of  
Royal Western Yacht Club of England  
Queen Anne's Battery Marina
the last midnight before start   the last midnight before start
solo transat race fleet off Plymouth   solo transat race fleet off Plymouth
photos & text Yamamoto Shunichi






TransAtlantic E to W,  Plymouth, Gbr - Newport, Usa,  Singlehanded
( Ostar 1960 Plymouth - New York,   The Transat 2004, 2008 Plymouth - Boston )

1960       Francis Chichester       Gbr      Gipsy Moth III M    40ft       40d12h
1964 Eric Tabarly Fra Pen Duick II M 44ft 27d03h
1968 Geoffrey Williams Gbr Sir Thomas Lipton       M 57ft 25d20h
1972 Alain Colas Fra Pen Duick IV T 70ft 20d13h
1976 Eric Tabarly Fra Pen Duick VI M 73ft 23d20h
1980 Philip Weld Usa Moxie T 51ft 17d23h
1984 Yvon Fauconnier Fra Umupro Jardin V T 53ft 16d06h
1988 Philippe Poupon Fra Fleury Michon IX T 60ft 10d09h
1992 Loick Peyron Fra Fujicolor II T 60ft 11d01h
1996 Loick Peyron Fra Fujicolor II T 60ft 10d10h
2000 Francis Joyon Fra Eure et Loir T 60ft  9d23h
2004 Michel Desjoyeaux Fra Geant T 60ft  8d08h29m55s
2008 Loick Peyron Fra Gitana Eighty M 60ft 12d11h






TransAtlantic W to E,  Ambrose Light, Usa - Lizard Point, Gbr,  Crewed  ( * Singlehanded )

1905     Charlie Barr Usa     Atlantic M    185ft     12d04h
1980 Eric Tabarly Fra Paul Ricard T  54ft 10d05h
1981 Marc Pajot Fra Elf Aquitaine C  63ft  9d10h
1984 Patrick Morvan Fra Jet Services II C  60ft  8d16h
1986 Loic Caradec Fra Royale II C  85ft  7d21h
1987 Philippe Poupon Fra Fleury Michon VIII      T  75ft  7d12h
1987 Bruno Peyron Fra Ericsson C  75ft 11d11h *
1988 Serge Madec Fra Jet Services V C  75ft   7d06h
1990 Serge Madec Fra Jet Services V C  75ft  6d13h
1990 Florence Arthaud Fra Pierre 1er T  60ft  9d21h *
1992 Bruno Peyron Fra Pays de la Loire Commodore     C  75ft  9d19h *
1994 Laurent Bourgnon     Sui Primagaz T  60ft  7d02h *
2001 Steve Fossett Usa PlayStation C 125ft  4d17h
2005 Francis Joyon Fra Idec T  90ft  6d04h *
2006 Bruno Peyron Fra Orange II C 120ft  4d08h
2007 Franck Cammas Fra Groupama III T 105ft  4d03h57m54s
2008 Thomas Coville Fra Sodeb'O T 105ft  5d19h30m40s *
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